
縄文・弥生時代

人類が肉を食い始めたのはいつかご存じですか🍖約1万年前の「縄文時代」頃と言われています。個人的に驚きなのは、内臓をメインで食べていたことと、「旬」を大切にしていたということ。昔からあるんだ…となんか感慨深いです
弥生時代は何を喰らっていた?この時代は「狩猟の時代」と言われていて、シカとイノシシが多く食べられていたのです🍖ちなみに「鳥」も食べられていましたが、その種類は現代の「鶏肉」と大きく違っていて鵜やシギ、サギ、ハト、ワシがメインだったのです!


いつから家畜という概念が始まった⁉それは弥生時代の後期あたりと言われています。今から2千年以上前ですね!最初はニワトリや豚から始まったという記録があります🍖
古墳時代
弥生の次は古墳時代のお話ですが、肉に関する時代が大きく動きます🍖538年に「仏教」が伝来しますが、その前と後でバスんっ!と食文化が分かれます。仏教の力の偉大さを痛感せざるを得ない、これぞ歴史ですね!


538年「仏教」伝来前の肉生活は、それまで中心だった「内臓食い」から「肉食い」へと変化していっています🍖内臓を食べなくなってくると塩分の不足が起きるのですが、それを補うために生まれたのが「海水から作る食塩」です!イノベってますね!
これが仏教の力!538年「仏教」伝来後、最大のタブーとされたのが「殺生」です。それは人間だけではなくすべての動物たちにも言えることになり、次第に肉食を避ける風習が広がっていきます。つまり、僕は古墳時代に生まれていたら生きてません💧

飛鳥時代

ここ、個人的にかなり面白いです!飛鳥時代になると「肉食のタブー」に対して、こっそりと肉を食い続ける人たちがいました。山に出かけて狩猟して鳥獣の肉を食べる風習があり、これを「薬猟」と呼んでいたようです。牛レバーの生食とかに似てますね🍖違法ですけどね。
飛鳥時代の「薬猟」にみられるような「肉食のタブー」を、奈良・平安・鎌倉時代の武士たちがぶっ飛ばしていきます!この辺の歴史もとても好きです🍖武力に自信のある武士階級は、朝廷などに従いもせず、ひたすらシカの肉を食らっていたという日記も存在します。


鎌倉時代の武士たちに、肉を売りに行きたいな~。だいぶ友達になれそうな予感🍖
鎌倉・室町時代
鎌倉時代の武士達は、一応タブーとされている「肉食い」を婉曲するために、肉を食うことを「薬喰い」と表現していたそうです🍖肉を食うと元気になり、身体にいいから!という主張だそうです。可愛い。


肉屋にとってはちょっと「うっ…」となる、室町時代の話です。魚や鳥類を上品な食べ物と捉える風習が広がり、肉は「獣肉」とされ下級な食べ物とされてしまいます🍖
なぜ、室町時代では肉が下級扱いに?それはですね、調味料の開発・普及が大きいと言われています!味噌やしょうゆ、いわゆる「和食」という文化が一気に形づくられていき、「日本料理」の原型が出来上がっていった時代だからこそ、和食至上だという価値観になっていったのですね🍖

安土桃山時代①

お待たせしました!ついに待ちに待った安土桃山時代です🍖牛・豚の食用化の解放が始まります、ありがとう南蛮人!
肉食文化の大きな変化が起きた安土桃山時代の話です。キーワードは「 鉄砲伝来 」「 宣教師 」「 南蛮文化 」です🍖肉となんの関係が?


一日二食が当たり前だったのは室町時代以前です。安土桃山時代からは一日三食が定番化してきます。それはなぜか。そうです、「南蛮文化」が流入したからです🍖
安土桃山時代②

肉屋のハッピー歴史。それは安土桃山時代に「宣教師」により、殺生がタブーである「仏教」から「キリスト教」への改宗が進んだことで、牛肉や豚肉が食用として広く受け入れられるようになたことです🍖えらすぎます、南蛮人
牛肉や豚肉の歴史。それは九州から近畿への広がりに端を発します。時は、安土桃山時代🍖九州が牧場の聖地であり、近畿が焼肉の聖地であるのはこういう歴史が絡んでいると僕は見ています。


この言葉ご存じですか?「 鹿食免 」。カジキメンと読みます。鹿肉の食文化が培われてきた歴史的背景が知りたい方は、「諏訪大社」「鹿肉免」でジピって見てください🍖

江戸時代①
ついに辿り着いてしまいました、江戸時代。ここは食肉の文化にとって本当に深く、過去の偉人達の数々の戦いが繰り広げられます🍖1か月くらい、江戸時代の話しだけでポスト埋め尽くせるレベルです🔥


江戸時代の話。3代将軍家光によって鎖国令が出されたことで、牛馬の屠畜(とちく)禁止が法で定められています。しかし!!かなりの黙認がされており、南蛮文化も相まって牛肉の味噌漬けなどが流行。相変わらず「 薬喰い 」が横行していました。ありがとう、江戸時代🍖
香川修徳さんをご存知ですか?医者です、江戸時代の。この人は僕にとってだいぶヒーローで、生類憐みの令によって肉食が忌み嫌われた江戸時代に「 日本人は獣肉を食わんから虚弱なんや 」と叫んだことで、近江の辺りでは公然と肉食が行われるようになったのです🍖生類憐みの令そのものは、素晴らしい側面も多いと思っています。

江戸時代②

いつの時代もダメな御上はいるものですね。江戸時代では法で牛馬の屠畜を禁止しておきながら、将軍家や御三家などには『養生肉』が貢物として献上されていたそうです。
江戸時代の二代将軍秀忠や三代将軍家光による「 牛を殺すことの禁止 」には、それまでの仏罰を恐れていたのとは異なる実利的な理由もありました。それは農業振興のために、田畑の労役に使う牛の繁殖を奨励するというものです🍖


いよいよ「 外食 」の文化が登場!それは江戸時代の後期にあたる1730年~1860年頃です。いわゆる町人文化というものが花開いた時代ですね。僕も大好きな「 居酒屋 」が軒を並べたのもこの時代です🍖
江戸時代③
外食する文化が花開いた江戸時代の後期頃、「 自宅では料理できない食肉 」が流行ります。イノシシ鍋屋さんは「 山くじら 」の看板を。シカやタヌキ、鳥類の肉を出すお店は「 ももんじ屋 」という看板を掲げていました。つまり今日、山くじら行きたいです🍖


イノシシ肉を「 ぼたん 」、シカ肉を「 もみじ 」、馬肉を「 さくら 」と呼び出したのも江戸時代です。隠語とかはその裏にある歴史を知ると面白いですよね~🍖













